May 13, 2008
春に咲いた花々

今日もお天気となった大池の森です。10夜のお月様はどんな顔をしているでしょうか。
さて、今日は春に咲いた花々をご紹介します。ショウジョウバカマも様々な色があるので、日頃目につく場所だけでなく、林の中へ入っていくとまた違ったショウジョウバカマに出会えます。木々の間から降り注ぐ太陽の光を浴びたもの、茎こそ短いけれどとってもきれいな紫色をしたもの、様々です。
May 12, 2008
5月12日の大池

昨夜は曇り空に浮かんだ上弦の月が優しくゆらめているような、幻想的な美しさでした。
今朝目覚めると、昨日まで降った雨を吸収して、朝日を浴びた池の周りの新緑がいっそう濃くなってきたように感じられました。ふとカモシカが登場したときの方へ目をやると、随分と緑が生い茂っていてすっかり崖の地肌が隠れてしまっています。毎日目にする風景はあまり大きな変化を感じないものですが・・・4月19日に撮った大池の風景と見比べてみると一目瞭然です。
May 11, 2008
藤の花
ここのところ雨が降ったりして寒い日が続いています。特に美術館の事務所内は冷え込んでいて、日中でも小さな石油ストーブが手放せないことも。ふと気がつくと蛙たちの声が日に日に賑やかになっていたり、カタツムリがあちこちで道路の横断を始めたりと、注意していないとどんどんと彼らの時間が流れていくように思います。子供の頃、夕食の後に「今日発見したこと」というのがありました。1人ずつ順番に今日発見したことを発表し、みんなの発見をノートに綴るというもので、「他の人と同じ発見は無効」というルールがありました。自分と同じ発見を他の人がしているかもしれないので、いくつか発見を用意しておいたり、同じ発見を違う角度から話したりと・・・毎日のことなので大変だったときもあったような記憶があります。それでも今になって考えると、様々な自然の変化に五感が自然と反応するようになったのは、子供の頃の「今日発見したこと」のお陰だったとも言えそうな気がしています。

今大池の森はふじの花が満開です。気がつくと、何年もの間にふじがどんどんと森に手を伸ばしていて、紫色の房の花が森のあちこちでゆらゆらと風に身を任せています。今日はその中から一枚。

今大池の森はふじの花が満開です。気がつくと、何年もの間にふじがどんどんと森に手を伸ばしていて、紫色の房の花が森のあちこちでゆらゆらと風に身を任せています。今日はその中から一枚。
May 07, 2008
休暇から戻り・・・
ゴールデンウィークにお休みをいただき、県内の山をトレッキングしたりしてリフレッシュしてきたR.Hです。大池の森にはない、滝や川のせせらぎを聞きながらの山の散策はまた別の楽しみでした。数日ぶりに大池へ戻ってみると、こちらも暖かかったようで、青々とした新緑が一層広がり随分と違った印象を受けました。場所によっては絵本のように「もこっもこっ」と木々が盛り上がってきたみたいに見えます。大池の池の周りも残りほんのわずかの雪が残るまでとなりました。
美術館の玄関先でたまたまキアゲハを見ることが出来ました。大池で見たのは今日がこの春初めてです。たまたまカメラを持っていたので、そ〜っと写真に撮ろうと試みたのですが、花から花へひらひらと静かに舞っては蜜を飲んでいるのでカメラチャンスを逃してしまいました。キアゲハやモンシロチョウが出てくる季節になったのかと、毎日何か新しい発見が出来ることに感謝して周りを見回します。
この連休中にサダシさんは「ベールから生まれた娘」を完成させていて、早くも次の作品に取りかかっていました。ゴルカナさんも豊穣の女神「コンサァーリー・デーヴィー」の小さい版を描き始めていました。これらの新しい作品は、6月に東京・江戸川区で開催予定の展覧会で展示される予定です。展覧会の詳細は決まり次第お知らせいたします。
May 02, 2008
今日の一枚「日光浴」
毎朝、開館時間に合わせて月見亭の事務所から美術館校舎へと移動します。ノートパソコンを抱えて行くので、普段は寄り道をしないのですが、今日はきらきらと光る梨の木に吸い寄せられるように、足が別方向へ向かって歩き始めました。

道路から少し入ったところにある、その少し細い梨の木は、周りが針葉樹なのでそこだけが日の光を受けているような目の錯覚を感じてしまいます。気持ち良さそうに日光浴をしている梨の木を下から眺めていると、自分がどんどんんと縮んでいくような感覚に陥り、森の中ではどんなにか小さい生き物であるか、痛感させられます。
道路から少し入ったところにある、その少し細い梨の木は、周りが針葉樹なのでそこだけが日の光を受けているような目の錯覚を感じてしまいます。気持ち良さそうに日光浴をしている梨の木を下から眺めていると、自分がどんどんんと縮んでいくような感覚に陥り、森の中ではどんなにか小さい生き物であるか、痛感させられます。
