ミティラー美術館の雪掘りは毎年、なんとかいろんな人たちの協力で、今日まで建物を壊さないできました。私はこの地に来て36年雪を掘ってきました。自分の家や自分が使う建物を掘るという意味では、この魚沼地方で一番掘っているのではないか、会社とか大きな建物を持っている人は、自分はお金を稼いで、他の人に掘ってもらわないと成り立たないし、個人の家で、学校規模と6棟の家を掘る人はいないのではないかと思っている。加えてその6棟の家もこの地方でもっとも掘りにくい家。例えば、ワルリーハウスは道より屋根が低かったり、七郎さんの家や男性宿舎にいたっては、屋根の後ろに山や丘がすぐ近くにあったりする。そこで、世界でもっとも雪堀りを個人に関わる建物をこれだけ掘る人はいないのではないか、つまり、ギネスブックに載るのではないかと思っています。いかがでしょうか?もっともそれを裏返せば、人に頼んで掘ってもらう経済に美術館は開館以来24年なかったということ。
さらに詳しく話すと、ユンボを運転して掘るようになる前は、学校は隣の部落の人たちに少しお金を出して協力してもらって、一緒に掘ってきた。そんな時も自らが屋根に上がらなければ、人は手伝ってくれない。学校の雪掘りというのは個人の家とは違って、それだけ広いしためて掘るのでとても大変な仕事。だから廃校にして取り壊そうとしたもの。今でもこのような豪雪の時、どんなにお金を出しても人は山まで来て掘りたくないだろうと思える。つまり、ミティラー美術館を残したければ自分で掘るしかないということだ。
屈強な山地の人たちが諦めた建物を掘ってきたことで、空間が生まれ、創作や展示の場、保管の為の収蔵庫がこのような非経済的な活動の場に与えられた。今、インドの民族アーティストが雪掘りを協力しているのもそのことが解っているからだ。かえって日本の人たちがそのことを知らなかったり、評価していただけなかったり、感じなかったり、無視しているのを残念に思う。(by.館長)



