dead6cc9.jpg氷点下37度の寒波が過ぎ去り落ち着き始めたと思えたこの森に、再び雪が降り始めました。「今年はもう終わりになると良いね」と話していた矢先の夜のこと。先日隣村の赤倉へ様子を見に行った館長は、25軒位ある赤倉の状況は大池よりも大変だと見てとれたと言う。館長の話を聞いていると、赤倉小学校へ通っていた私が学校の配りもので回った村の家並みが立体モデルのように浮かび上がってきました。赤倉は大池と違って隣家が近かったり、細い坂道の間に建っている家もあれば、道路から少し離れた所にある家も多いのです。村の方が圧雪していた昔と違い今は車を使う時代だから、雪掘りをしてもその雪を除雪する作業も必要なのだと言っておられたそうです。雪災で十日町市から大池と赤倉で1台の立派なバックホー(半分ゴム付きでありながら美術館のユンボ君より高性能且つ大きい!)が借りられることが決定し、とてもありがたいと諸手をあげたくなったのですが…。赤倉では、毎日大池の除雪もして下さっている赤倉に2人しかいない運転手が、この豪雪で今にも倒れてしまうのではと心配されるほどの疲労状態にあったり、個々の雪掘りをしても除雪が間に合わないような状況だという。そして大池では、本村に住むおばさんが冬の間娘さんの住む千葉県へ行く事を余儀なくされたり、孫吉さんも町に下り週末に雪掘りをする為に通って来ている。私たちは美術館と6軒の雪掘りに追われる日々…。また館長は大池地区代表として、本村の方々が町へ下りる事を余儀なくされている状況が少しでもよくなるように赤倉や市と掛け合ったり、除雪作業も行いながら…。この歴史的な豪雪で怒濤のように現れてくる問題が私たちの頭を悩ませています。