February 08, 2006

生越さんのこと

私がミティラー美術館に関わるようになって早20数年、毎週週末に訪ずれるようになってからでも、もう10年ほどになる。当初はまだ30代だった私も、今は年金を受給する年齢になった。

最近は、次の世代にバトンタッチすることを真剣に考えることが多くなった。それと言うのも、地震でまだ美術館は復興途中なのだが、若い世代の人たちMnやRnが館長を逞しくサポートする姿に接し、「頼もしい」、「任せられるかも」といった感じが確実にするようになったせいかもしれない。

長谷川氏は、独自のコスモロジーをベースにして廃校を借りて美術館を設立した。今もそうなのだが、あの空間には文化の香りが満ち満ちている。今の日本の社会の中で、そのような空間は、全体としてみれば稀有に等しいと思われる。人間の暮らしの中で、文化の重要さはいわずもがなだが、その位置が日本の社会では軽視されがち。だからこそ、存続させることが大切だと思う。

館長は、多くの方の協力を得てここまでやってこれた。それは、長谷川氏の個人的な魅力(外見ということではなく)によるものと思う。その最大の協力者は、何といっても昨年逝去したスタッフの生越紘美さんだ。彼女は、長谷川氏のコスモロジーに深く感銘し、その活動をサポートすることを人生として選択した。穿った見方をする向きもあったけど、彼女はそんな雑音は無視して信念を貫いた。

私よりも何年か前から大池にいた生越さんには、当初からさまざまなことを教えられた。私たちは、何度も、そして何時間も人生について語り合った。年齢も近い。共に団塊の直前の世代で、当初から価値観を共有するものがあった。いわば同志ともいえる存在であった。

生越さんが亡くなったとき、これほど悲しい人の死があるだろうか、無条件に涙だけがこぼれた。私は両親も兄も亡くしている。しかし、ここまでの悲しみはなかった。きっと子どもや愛しい人が亡くなったら、このような悲しみを経験するんだろうと改めて感じさせられた。

彼女は亡くなっても、その存在感は今も強い。あの時、彼女はこれをこのようにしたとか、大池での生活の細部にわたってその存在はゆるぎなく感じさせられる。しかし、今ここにいないということは確かなのだ。素直にそのことを受け入れられるには、もうしばらく時間がかかりそうだ。今はともかく、冥福を心よりお祈りしたい。(by Hasunuma)


cpiblog01700 at 19:08 │Comments(1)TrackBack(0)この記事をクリップ! 記:Hasunuma 

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この記事へのコメント

1. Posted by 塵星    August 23, 2006 08:20
 昨年御伺いしたとき、姿が見えないため、
不思議に思いましたが、亡くなられたとは知りませんで
した。そもそも、このHASUMUMA様の書き込みにもっと早
く気がつくべきでした。
 生前は美術館に御伺いしたとき、たいへん御世話になり、
感謝いたします。越生さんの御冥福を心より御祈り申し上
げます。             埼玉 塵星(流星)

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